「本当の幸せ」とは何か皆で追求しよう 語り合い、お互いを知り、手を打つことができるものは即実行する 小さなことでもその積み重ねが幸せに繋がっていく 東京都港区三田でシステム開発を行う 株式会社クリエイト工房 代表取締役社長 平良忠信 の生き方・働き方

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株式会社クリエイト工房 代表取締役社長 平良忠信の生き方・働き方

システムを使うだけでなく、『創ること』の思考を持つお客さんの業務内容を深く知り、システムに精通することで、お客さんの評価や信頼が蓄積されていく

クリエイト工房は、システム開発を行う会社です。分野としては、クレジットカード・証券・保険のシステム開発を得意としております。特にクレジット分野においては、エンドユーザーさんと直接取引を行っており、当社の規模でそのような企業はそう多くないと思っております。

私自身が30代始めからクレジット系をやってきたので、もう30年近いキャリアがあり、起業もそこがベースなので、我が社の特徴はやはりクレジット系と言って間違いないでしょう。そして、クレジット系の業務内容を深く知っており、なおかつシステムに精通している、つまり、システムを使うだけではなく、創ることの思考を持っている…これが我々の大きな強みであり、特性です。

お客さんの評価や信頼感が蓄積されて指名をいただき、ここまで来ているわけですが、その要因の一番は皆が現場で頑張っているからでしょう。我々の作業形態はお客さんの会社に席を設けていただいて、毎日毎日、お客さんと同一の場所で業務を続けるわけです。そこでの我々の仕事ぶりを見てくださり、評価いただいているのだと思います。

『10年単位』で、ものを考える10年は技術を学び、10年はマネージメントを学んだ

対話する?

クリエイト工房の創業は2002年8月です。現在で13年目…10年超えましたね。

僕の親父が昔から事業をやっていた人なので、そのイメージというものがやっぱりあるのでしょうね。将来独立しようという気持ちは若い頃からありました。

僕は最初、電機メーカーのエンジニアリング会社に入社したのですが、新入社員挨拶で「いつかは会社を起こします」とその時宣言しているんですよ(笑)。実現には20年掛かりましたけれど、43歳の頃、創業することができました。

10年間 はエンジニアリング会社で技術を磨き、転職した次の会社(独立系SIer)の10年間は部長クラスの立場でマネージメントを学びました。私が担当した部門は100名ほどだったのですが、そのマネージメント、なかなか大変でした。立場が違ってくるとものの見方も違ってきますからね。経費のこと、売上とのバランスなど、いろいろ蓄積して、やっと起業にこぎつけたというところでしょうかね。

なぜ43歳のタイミングだったのかと言いますと、僕は10年単位でものを考えるタイプなんです。10年は技術を学び、10年はマネージメントを学ぶ。でも、今振り返ると、ちょっと遅かったかなと思いますよ、実は。大きな会社になっているところは、20代、30代前半に起業しています。つまり勢いのある時に起こす方がいい形が作られるような気もします。その方がぐんと伸びるような気がします。一方、40代での起業は大きな失敗はしない、逆に。ある程度人脈もできているし、ある程度のやり方も分かっているのでね。

また、きっかけの一つには、所属していた会社(独立系SIer)が株式上場する機運になってきて、正直なところ、僕の役目は終えたかな、貢献できたかな、という気持ちもありました。180名の会社が500名になり、成長も見届けた…まぁ、その時期が僕にとって大きな節目でした。

クリエイト工房という社名ですが、クリエイト…ものを作り上げる、それに手作りの意味合いを表現したかったので「工房」を付けました。

お客さんとコミュニケーションを綿密にとって、業務内容を理解して、その業務にあったシステムを構築していく…こうした過程が大事なわけで、その手作り感を出そうという意図です。

また、「武闘派SE」という会社名も考えたんです(笑)、かなり反対が多くて断念しましたが、我々は闘うSE集団だという想い、僕は今でも気にいっているんですがねぇ。

『創る人』になるコンピュータに使われる人になるのか、使う人になるのか、創る人になるのか…僕は断然システムを創る仕事をやりたかった

対話する?

僕は仕事、どちらかというと趣味に近いんですよ。公私混同気味で、家でも仕事をしますし…この仕事がやりたかったのですから、基本的には楽しんでやっています。

僕の高校2年くらいからかな、コンピュータが仕事として注目され始め、僕も将来なんらかの形でコンピュータに携わりたいと思いました。その時考えたのは、コンピュータに使われる人になるのか、使う人になるのか、創る人になるのか…僕は断然システムを創る仕事をやりたかった。それをまずまず実現していますから、ある意味、好きな仕事に就いていると言えて、これは非常に幸せですね。

とは言っても、ものを創るのが好きな子どもだったわけではなく、小・中学、高校2年までは甲子園を目指して野球漬けでしたし、その後は流行り出したフォークソングにたちまち引き込まれてバンドをやっていました、髪を伸ばして作詞作曲を始めて(笑)。大学ではバンドばかりやっていましたね。それが今に続いていまして、沖縄の三線(さんしん)を入れて、現在も活動中です。

こだわりの『文化』同じ方向性・同じ価値観を持った者同士でやっていきたい

対話する?

僕は仕事は楽しくやり、苦労したことも多いけれど、達成感を感じてやってきました。だから、社員達によく言うのですが、達成感を持てる仕事をやろうぜ、ということです。

僕はシステムを創り上げた後、お客さんから「ラクになったよ、ありがとう」という言葉を聞きたくて仕事を頑張ってやっているような気がします。この気持ちを若い社員達も持って仕事に向かって欲しい。

価値観ということでいうと、まずどんな状況になっても「逃げるな」、これがあります。

でも、やみくもにただがむしゃらにやれ、と言うことではなくて、知恵と体力の両方を駆使して、一人で抱えないで周囲…仲間と、上司と、お客さんと相談をしながら、ものごとを進めて欲しい。

それから、お客さんから指名される“アイドル”になって欲しい。

僕の経験ですが、あるクレジットのシステムの発注があった時に、「これを御社に出す条件は、平良さん、あなたがすべてマネージメントするということ」と言われたことがあります。つまり「クリエイト工房」に対する信用ではなくて、平良個人への信頼、なんですね。指名されると言うことはこういうことなんです。結局、「平良、頼むよ」「喜んで!」…こういう関係ですよね。口を空けて待っていても仕事はこない、こちらから積極的にお客さんにアピールしていくことも大切です。

すでに我が社では確立されていますけれど、「前向きな意見を言える、自由闊達な雰囲気の社風にしよう」ということも大事にしています。

こういうことを我が社の「こだわりの文化」としています。

また、社会貢献に対する意識も大事ですよね。一番のそれは税金を納めることでしょうし、赤十字やユニセフなどへの寄付もしています。が、今後、金銭面だけでなく、なにか具体的な行動も検討していきたいと思っています。
3・11でも活動したんですが、社内ボランティア制度を立ち上げ、個人では負担が大きくなかなか実行できないボランティア活動も会社としての支援を考えてやっています。

これらは自分の経験から導き出されたものです。
お客さんの現場でトラブルが発生した時に逃げずに対応・対処して、修正してきましたからね。我々のバグでシステムが作動しないわけですから、一生懸命修正する。そうして逃げないでやった結果、現場の皆さんから一番最初にかけて頂く言葉が「ありがとう」なのです、これが嬉しいですよね。

こういう姿勢、社内に良い感化は与えていると思いますよ。ただ、完全に浸透しているかと言うと、まだまだ疑問符が付きます。入社式、年度末の自己評価の際などに話してはいますが、現場の仕事に追われる日常の中で、これらが必ず頭に入っているかと言うと、そうでないことも多いでしょう。でもこれは機会あるごとにずっと言い続けなければいけないことです。もっと言えば、こういうことに賛同できなければ、当社に入社しないでくれ、とさえ思っています。

ウチは将来的な目標として100名体制、十億円売上という中期計画を立てていますが、これまで述べてきたことをベースとしたうえで、それに共感を持てる方だけに入社していただきたいということです。

こういった想いに至ったのも実は、5・6年前、10名程の社員に一挙にスピンアウトされたという経験があります。私の不徳の致すところでもありまして…そういう苦い失敗があるものですから、現在の心境に辿りついたのかな、と思っています。
社員は同じ方向性を持った、同じ価値観を持った者同士でやっていきたい。方向性が違ってきたり、価値観がズレてきたら、厳しいようですけれど、共感できるほかの会社を探して移った方がいい。その方が本人のためでもあるし、我々の会社のためでもある、そういうふうに思います。

今よりも『もっと幸せになる』100名体制、十億円売上を目標に掲げる意味

対話する?

会社の成長を目標に掲げること、これは方向性を全員で共有するという意味があります。

最初はこんな具体的な数字は出しておらず、毎年の達成額を掲げ、「頑張ろうぜ!」という程度だったのですが、これから先を見据えた時、もっと明確に具体的な目標を共有する必要があると思ったのです。

その心は、現在の社員20数名、まず皆、年を取ります。若い社員も少しずつ入ってきますが、年齢も上がれば給与も上げていきたい。仕事が1.5倍に増えたとしても、現在の社員20数名の体力・気力は間違いなく落ちてくるから、全員、疲労の度合いが深まりますよね。それを打開していくためには、会社が成長して、人も増やし、現在の社員達が経験を積み、部下を育て業務を回していく、そういう「組織」を構築しなければいけない。そうして、会社も社員も今よりももっと幸せになっていかなければいけない…。

起業当時、我々の企業理念は顧客第一主義でした。つまり、お客さんをよく見て仕事をしましょうということ、すべてにそれを優先していきましょう、ということです。 ですが、先程お話した10名ほどがスピンアウトした時、これまでそういう企業理念を持って突っ走って来たけど、我が社の存在意義はどこにあるのだろうと、あらためて考えました。一挙に辞められたのは社長である僕のやり方が否定されたと思っています、今でも。

そういうなかで、「自分達が幸せでないなら、お客さんを幸せにすることなんて、できないんじゃないか…」、はっきりそう思うようになりました。

僕は今、会社をきちんと大きくして次にバトンタッチする、これだけを考えています。そろそろ先のことを視野に入れる時期になってきたんですね。そういう意味で、100名体制、十億円売上、これを必ず達成するというくらいの気概を持って取り組んでいるところです。

それを達成したら?…そうですね、1000人体制を目指しますか…

『本当の幸せ』とは何か、皆で追求しよう語り合い、お互いを知り、手を打つことができるものは即実行する小さなことでもその積み重ねが幸せに繋がっていく

対話する?

社員の幸せって、給料の額? やりがい? 会社への貢献? このいずれも当然大事な要素です。また個人個人、いろいろあるので、総論的には言えません。

仕事のやりがいということでは、技術力を身に付けたい、将来的にはマネージメントの方向に進みたいなど、具体的な話しも出てくるでしょう。それに対して今僕が言えるのは、会社としてそれに応えられるステージを準備していきたい、と言うことです。それができないがために辞めていく人が出てくると、これは我々、経営陣の責任、と思っています。

年に1回、2月に合宿のようなことをやります。理念などを読み合わせながら、いつも皆で「こだわりの文化」を共有しています。その時にウチの武器はなんだろうという話を必ずするのですが、そこでいつも社員から上がる話題は、精神的なものであったり、礼儀のことであったり、現場でのお客さんとのコミュニケーションのことなど、です。そういう発言を聞いていると、僕がいつも言っていること、少しは浸透しているのかなぁ、と感じます。

結論を出せないことも多いですが、手を打つことができるものは即実行しようとしています。小さなことでもその積み重ねが「幸せ」に繋がっていくんじゃないでしょうか。

例えば「休みはきちんと取ろうよ」なんてことも、幸せのひとつですよね。僕が総務課に休暇を増やそうと言ったら、「いや、増やすのではなくちゃんと取るという意識付け、その仕組みを考える方が先」と指摘されました。どういう仕組みがいいのか、まだ判断は付きませんが、営業の休みの取り方と現場のそれとは異なりますから、それぞれお客さんとよく意志を通じさせ合うこと、と言ってはあります。

社員の声をできるだけ細やかにすくい上げるようにしていますが、しかし、お客さんの現場に詰めている社員はなかなか会社に帰る時間が取れないのです。年度末の面談の時に「帰社するのもある意味ではSEの調整能力の一つだぞ、なんとか帰ってこい!」と言うのですがね。

毎月1回開く社員会も、どうしても帰ってきたくなるような内容にしていかなければ、と思っています、つまらなかったら、帰ってこないですよね、正直言って(笑)。飲みニケーションも時にはやるべきだしね。それぞれがお客さんの現場で作業しているものですから社員相互の状況が見えにくい、もっとお互いを知りあうことが必要だと思っています。

繰り返しになりますが、10名弱がスピンアウトした時にウチの経営方針はほんとうにこれでいいのかということを真剣に話し合いました。そして、私は社長として方向性を話し、これに対して意見交換をした結論が、現在理念として掲げているものです。

しばらくの間、会社としてのイベントがありませんでした。
スピンアウトはやはりショックなことでしたし、それにリーマンショックも重なりましたから、我々経営陣も社員もなかなかそれから抜けだせませんでした。そんな時期こそイベントをやるべきだと思ってはいましたが、実行できていませんでした。ですが年度末の面談の時に「給料を払うためだけに会社を作ったのではない。皆で仲間意識を持って共にやっていきたいんだ。一緒に何かイベントをやろうぜ」と話しました。

会社は人生の中で一番長い時間を過ごす場所なんです、だから僕はただ単に給料を貰う場ではなく、家族とまでは言わないまでもそれに近い気持ちで、助け合いながら仲間意識を持ちながら楽しくやりたいんですよ。





『提案できるSEの領域』にいくと、やりがいや見える世界が違ってくる自分が会社に使われているという感覚じゃなくて、自分が会社を支えているんだという意識にまでなる

対話する?

現場では、日常業務をやりながら新しいシステムを提案・開発したり、運用・保守をやりながら他部署からの緊急な質問に答えたりとかも受け持ちます。

我々の仕事は、業務の効率化、ここに貢献しているということになるかと思います。

僕は業務の内容を一番把握しているのは、現場のSEだと思っています。彼らが、現状の業務を改善するためには改良でいいのか新しいシステムを開発したほうがいいのか、本当のところを分かっているハズ。そういう問題点を明確に指摘し、様々な提案ができるSEになろう…これが「こだわりの文化」にある、受け身ではなくて提案型の仕事をやろうよ、という発想の源ですね。もちろん実務面での営業部の仕事は重要ですよ、ですが、一番の営業マンは現場のSEなんですよ。

提案ができるSEになるには、最低でも10年くらい掛かるんじゃないですかね。でも、そのレベルに到達できる技術者はやりがいや見える世界が違ってくると思います。

僕自身がそうなんですが、お客さんとそういう話をすることが楽しいんです。そしてその結果、お客さんの業務をよりスムースに流れるように変えられる、効率化に貢献できる、これがこの業界の仕事としての醍醐味でしょう。今でも僕の本音は社長やっているより現場のSEやっている方が楽しいな~ということだもの(笑)。

提案型のSEの領域にいくと、自分が会社に使われているという感覚じゃなくて、自分が会社を支えているんだという意識にまでなる。そうなると、かなり成長した、ということになると思いますね。モチベーションも高くなりますしね。

仕事を続けていく上ではやはり辛いこと、キツイことがありますよ。でもいう状態の時でも、しかめっ面しながらやるより笑顔でやったほうが良いじゃないですか、どうせやるならば。そういう時こそ、笑いながらやる。実際、苦しかった時、夜中に社員達を連れて飲みに行って気分転換しましたよ。そんな時、異性にもてるんですね、不思議と(笑)。なんか頑張っているぞぉオーラでも出ているんでしょうかね(笑)。



一番大切なことは、『社員が幸せになれる会社であること』「こだわりの文化」が強い会社を創り、社員の人生の幸せに貢献する

対話する?

一番大切なことは、社員が幸せになれる会社であること。

その一つとして、会社を大きくすることが大事なことと僕は思っています。
具体的には、中期計画の100名体制、十億円売上、この目標を皆と共有しながら達成することです。

その結果として、当然給料が上がっていくこと、イベントなどでもっと仲間意識を培って、何かあったら助けあう信頼関係が築きあげられたらいいな、と思っています。 そういうことを目指し続ける会社でありたい。そして、次の世代が1000名体制を目指してくれたら、嬉しいですよ。

100名体制、十億円売上は2022年あたりまでには実現、という計画です。

そして、周りの方々から、皆仲良くて、楽しそうな会社だねと言われること。

強い会社になっていきたい…技術力やマネージメント力の高さ、資金的な面の体力、それらを兼ね揃えている会社組織ということです。しかも、それを楽しくやりたい。 贅沢な希望ではあるんですけど、それらを目標としていきたいですよね、仕事というものは。

そのために、「こだわりの文化」を踏襲していく。

スピンアウトがあり、それで改めて会社の方針を考える契機を得た、その結果言えることは、文化が浸透して組織が大きくなっていくことが大事だということです。文化を持たない会社は弱いと思うのですよ。

社員に対する一番の貢献は会社を存続させること、僕はこれに尽きると思っています。「幸せ」への道は、これがなによりのベースでしょう。

僕が社長としてとても嬉しく思うことは、社員の結婚です。たまたま入社後のタイミングになっただけという人もいるかもしれないが、とにかく、結婚する・子どもが生まれる・マイホームを購入するなどなどがあると、彼ら・彼女らの人生に関わっているんだなということを実感できて、とても幸せです。この感覚は経営者じゃないと分からないかもしれませんね。経営者やって一番よかったことはこういうところです。だから、辞められると辛いんです…。

採用面接の時にも話していることですが、わが社の「こだわりの文化」や「存在意義」を皆で共有してほしい、ということですね。

また、僕の話、今はわからないかもしれないが10年後にはきっと分かる。立場が上がってようやく分かることも多いのだ、と話しています。その意味で聴く耳をもつことを大切にしていってほしいです。