自分に「素直」に生きること 自分が素直にやりたいと思えて、それに幸せを感じられ、ミッションを感じられることが仕事 デザインの力でアジア女性の夢を実現する 株式会社ブルーミングライフ 代表取締役/NPO法人ドリームガールズプロジェクト代表 温井 和佳奈 の生き方・働き方

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株式会社ブルーミングライフ 代表取締役 温井和佳奈の生き方・働き方

「デザイン」を生きる力に

アジア途上国女性のデザインを世界に発信していく

対話する?

株式会社ブルーミングライフは、「デザインを生きる力にしていこう!」ということで、アジア途上国女性のデザインを世界に発信していくプロデュース、つまりアジア女性のデザインを商品化しキャッシュ化する事業を行っています。

具体的にどういうことをやっているかと言うと、例えばカンボジアのような途上国では、学校で美術や音楽の授業がなく、国全体にデザイナーがほんとうに不足しています。私たちはそういう国でデザインコンテストを行い、女性達の才能を発掘し、素晴らしい才能に対してそれらを商品化し事業につなげていきます。これはデザイナー育成、同時にキャッシュ化するためのアートディレクターやプロデューサーの育成につながることでもあります。

途上国の女性の仕事は炎天下での屋台など肉体労働が多いのですが、そうではなく、彼女達がやりたい憧れの職業で自立をし、精神的にも自己実現できる…

ブルーミングライフは、アジア女性がデザインを通じて自立できる事業を目指す会社です。

自分の「人生ミッション」って何だろう?

あなたのおかげで・・・と言われるような仕事がしたい

対話する?

もともと私はウェブ系の会社を経営してきました。40歳を過ぎた時に、「自分の人生ミッションって、何だろう?」とあらためて考えました。

私はどんな仕事がしたかったんだっけ? と自問自答した時に、人から手を握られて「温井さんのおかげで私の今の人生が変わりました」というようなシーンを渇望していた、というか、そんなふうに生きたいという気持ちがすごく強かった。

以前から、いろんな途上国に休暇を利用して回っていて、そこで何かできないか、という模索をしていました。昔から途上国女性の自立に対してすごく興味があったので、私がいることで彼女たちの人生が変わる仕事をやりたいと思っていました。

それが私のミッション…なぜか、そう思ったのですよね。

ホントに自分がミッションを感じられる、そして、人々が幸せを感じられる、そういうことだけをやっていこう。40歳を過ぎてそんな思いに至りました。

人生はうまくできているなぁと私は思うのです。

と言うのは、ブルーミングライフを設立した2009年以前の仕事はミッションではなかったのかと言うと…いや、けして無駄ではなく、それらはこのミッションに至るために外せない道筋だったと思うのです。あれらの経験がなかったら、現在の活動はスキル的にできなかったでしょう。そういう意味でそれまでやってきた仕事にとても感謝しています。

私は、女性の生き方にすごく興味がありますし、自立に繋がることをやりたいと常々思っています。

途上国の貧困のひずみは必ず女性と子供に大きく出ます。一般的にはどうしても子供に目がいきがちですが、女性が幸せでないと子供達も夢を持てない、賢くなれない。お母さんが文字を書けなければ子供も書けません…お母さんが幸せだと家族も幸せになれる。

女性支援のことを多くやっていると「なんで女性ばかりなんですか」と聞かれることがありますが、女性が抱えている問題を解決すると、みんなが幸せになる波及効果が一番高いと思うのです。

アジア途上国女性の「夢」をかなえる、以上!

人生ミッションの一文だけでスタートした

対話する?

2009年9月に株式会社ブルーミングライフを設立しました。 設立の時は、人生ミッションである「アジア途上国女性の夢をかなえる、以上!」というシンプルさスタートしました。正直に言うと、順次ステップを踏んでいく計画があったわけではなく、スタートしてから事業内容の模索をし続けました。設立してから2年間くらいはどんな事業をどういう形でやっていくか決められないまま進んだ、という感じです。

たまたま、公益財団法人CIESF (シーセフ)が主催するカンボジアで起業家達を集めたイベントにパネラーとして呼んでいただく機会に恵まれました。
そのパネルディスカッションには若い人達が何百人と集まっていて、身を乗り出して、目をキラキラさせて聞いているんですね。一度にあんなにたくさんのひたむきなまなざしを見たことは私の人生で初めてでした。

そういう姿を見ていると、話す方としてはもっともっと色々なことを伝えたくなります。また、こんなキラキラしたまなざしの人達が夢をかなえるために力を貸してほしいと思っている…。ここだったら、私がやってきたこと、そのまま伝えただけでも彼らの役に立つのではないか…と錯覚をして(!?)、「(なにか)やろう!」と決断しました。

そのパネルディスカッションの後、カンボジアの世界遺産、アンコールワットに初めて行きました。それまでいろいろな世界遺産を回りましたが、アンコールワットはパワーに満ちていて、いってみれば静かなるパワーに圧倒され、世界で一番、感動した場所となりました。

その感動の一つは、壁面に刻まれたデザイン。まさに、魅せられた…こんな素敵なデザインをする先祖がいるなら、この国にはデザインの才能がある人達がどれだけいるのだろう…なのに、現実としてはこの国にはデザイナーがいない。

日本人はカンボジアに対して誤ったイメージを持っている人もいますが、この10年、経済成長率8%という、目覚ましい発展国なのです。当然、外資の流入も多いのですが、それに伴うグラフィックデザインとか、パッケージデザインの需要がものすごく上がるはずなのに、それらの多くはベトナムやタイの会社に発注されてしまう。クリエーターという存在がほとんどないといっていい状態でした。これはカンボジアの国益を損なうことです。

国は工業誘致を盛んにやっています。もちろんそれは必要なことですが、工賃が上がっていくとより労働賃金の低い国に移転していくという流動性があります。一方、女性が働く姿を見ると、やっぱり肉体的にきつい仕事が多く、仕事が生活のための人が多い。

そこで、自分がやりたいことをやる、憧れの仕事で成長していく、そういう人達を増やせないかな~と思いました。そんな想いを発信し始めたら「それが夢なんです!」などという人達がたくさんいたのです。

・自分が人生ミッションと感じられることだけをやろうと決意した。

・その決意をしてから、偶然行くことになったカンボジア。

・そこで何百というキラキラのまなざしを見て深い感動を得た。

・そして、アンコールワットで自然の叡智のパワーを浴びた。

・カンボジアの経済成長の数字や外資企業のデザイン発注先など、データとしてインプットされていた。

それらが「カンボジア人の魂がある」といわれるアンコールワットで、イメージがつながり「デザイン」というキーワードが出て来た……でもデザインの才能ある人達がどこにいるのだろう? そしてその時、突然「デザインコンテストをやってみよう」とひらめいたのです。

積み重ねの先に「何か」が見えてくる

なにをやっても大変!でも、過去の体験が活きた

対話する?

帰国して私がそれを表明したら、周囲からは「デザインコンテストをやってどうするの?」とか「何に繋げるの?」と、理解を得られないこともいろいろありました。

だけど、私は、デザインコンテストという舞台をつくるだけでいいんじゃないか、彼女達はそれをきっかけに自ら道を切り拓いていける、と思っていました。

「あま~い」と言われたりもしましたが、コンテスト開催の熱意は揺るぎませんでした。

2009年秋からカンボジアで「デザインコンテスト」の公募に関するプロモーション活動を開始しました。でも私のことを知っている人は一人もいないし、事業的な実績も全くないわけですから、アポイント一つ取るのも大変な状態。そんな中でもやるべき準備、例えば、パンフレット制作においても、その文面はどうするのか、カンボジア語への翻訳はどうするのか、内容を分かってもらえるか…細かい裏方作業は次から次へとこなさなければならないわけですよね。

アポイントが取れない時は、飛びこみをやることにしました。私は短大を卒業して証券会社に就職したんですが、その時飛びこみ営業を命じられてすごく嫌でした。でも、その経験が生きたんです! あの時、嫌々ながらも経験しておかなかったら、カンボジアで「こういうコンテストをやるので見てください」という飛びこみでのアプローチなんてできなかったでしょう。

こうして、カンボジアのことはまだまだわからないながら、協力企業の方とパンフレットを飛びこみで配り、一人一人仲間を増やしていくことを繰り返しました。まるで自分の過去の点と点だった経験が繋がっていくようでした。 2010年3月、カンボジアで「第1回ドリーム・ガールズ・デザインコンテスト」の受賞式をやりました。

250名もの人が集まり盛況でした。当時はメールアドレスを持っている人たちもそんなに多くなかったし、DMを送ろうと郵便局に行こうと思ったら「カンボジアでは郵便は届きませんよ」と言われるなど、なにもかも、難しかったですね。

でも、そうした中で開催してみると、200名以上の人達が応募してくれました。!
これだけでも非常な喜びでしたが、同時にたくさんの手紙を戴いたことが嬉しかったですね。

「職域の狭いカンボジアの女性のために、このようなコンテストを開いてくださり、ありがとうございました」とか、

「自分のデザインを世界の人達に見てもらえることが夢です」など、

思いを込めたメッセージがたくさん寄せられました。

それで、彼女達の夢をかなえるための具体的な事業を展開していこう!と始めたのがブルーミング・ライフの第一歩となりました。

絶対、才能のある「女性」はいる

あの確信が持てなかったら、今日はなかった

対話する?

「第1回 ドリーム・ガールズ・デザインコンテスト」を実施し、その後、商品化を考えましたが、なにをどうしていけばいいか、なかなか見えませんでした。

でも、なにか、確信があったのです、絶対、才能ある女性はいる、という。

第1回の「デザインコンテスト」の応募作、プロの知識やスキルがない人々が多いわけですから日本におけるデザイナーの作品とは違いますよ、"デザイン"って、なに? という段階でしたので。風景画を模写したものなども届きましたから、先は遠いな~と思いました。

そんなわけで、「コンテスト」開催の前は、100人のうち一人でもそういう才能が見つけられればいいなと考えていましたが、開催後の結果としては100人のうち20人くらいに才能を感じ、自分が予想したよりもはるかに多く才能がある人達がいたことで、ますます、絶対的な確信になっていきました。

彼女達にもっと本格的なデザインを勉強する機会があれば素晴らしいデザイナーになる、絶対キャッシュ化、ビジネス化できると強く確信しました。
あの時あの確信が持てなかったら、今日はなかったと思います。

でもね、人間の気持ちって、日によって高かったり低かったりしますよね。感情は日々動きます。絶対ビジネス化できると確信に満ちた日もあれば、翌日は、途上国でこんなことは無理なんじゃないか、それを実行するのは私ではないのじゃないかなど、マイナス思考に陥ったりもします。そういう気持ちとの戦いが続きました。

ネガティブになると、どこからか声がして「やめた方がいい、できるわけがない…」とか、朝目覚めると「やっぱり、私がやるしかないんじゃないか」と元気になったり…そういうことの繰り返しでリセットし続けてきたんでしょうね。

サポーターや応援者に「上手くいきますよ」とか、「素晴らしいことをやっているじゃないですか」などと言われると「・・・そうだよね!」と立ち直れました。これが大きかった。とても感謝しています。

更に事業につなげるきっかけをくれる人達がいなかったら、できなかったでしょう。スタッフはじめ、周りにいてくれる方々の存在は大きいですね、私など、弱い部分もたくさんありますから。ほんとに強い人は他人になにを言われようと進んでいくのでしょうが、私は自分のミッションだと決意していたにもかかわらず、やはり激しくぐらつくこともありました。

アジア女性の「夢」を叶える2つの事業

妄想をやっと事業計画に落としこみ可視化できるようになった

対話する?

「デザインコンテスト」の受賞者達は必ず将来のデザイナーとして羽ばたいていけるという確信はあるので、私が事業化しなくても、ほかの企業がそれをやってくれて、彼女達がそこにデザイナーとして入れればいい…今なら「デザインコンテスト」の着地点をそういうことで締めくくれる。いいボランティアをしました、それで一応の終わりにできる…そういう思いにもかられ、事業化することには実はすごく悩みました。

2009年9月にブルーミングライフを設立して、2010年3月に第1回の「デザインコンテスト」を実施してから3年が過ぎた2013年、ようやく事業プランができました。

正直、これまで事業計画が書けなかったのです。普通の経営者は事業計画がなくて会社を運営するなんてと言うでしょうが、カンボジアの女性達の才能は確信していたけれど、自分がやる事業化への確信は何一つ持てなかった。

そんな状態で事業計画だけ書いてどうするの、というのが私の考えでした。まぁ、3年間、運営経費を捻出する計画くらいは立てていましたけれど。周囲の人達には事業プランを書く能力もないのか、と思われていたと思います。実際にたいした能力もないのですが。

じつはこの3年間、事業化への自信がないという反面、カンボジアで一つのモデルケースが達成できたらASEAN各国に広げていき、そのブランドを世界に発信していくという"妄想"もイメージとして持っていました。アジアから世界へ発信、しかも途上国の女性達の力で発信、という妄想です。

今、その妄想をやっと夢として事業計画に落としこみ可視化できるようになったのです。そして、実行し始めたところです。

まず1つめの事業に「デザインコンテスト」の、受賞者達のデザイン著作権の販売があります。

分かりやすく言えば、例えば日本でも有名なキャラクターがありますね、あのキャラクターデザインはライセンス化されていて、使用の際に生じるロイヤリティで収益を上げていますね。それと同じです。
もちろん彼女達のデザインには有名な日本のキャラクターのような強烈な力はありませんが、彼女達、ドリーム・ガールズが夢をかなえていくというストーリー付きのデザインを採用していただいてロイヤリティをいただく、仕組みは同じです。

二つ目は、当社が彼女達のデザインを使ってさまざまな商品開発をし、ショップ展開をしていくということです。

これは投資額も大きいですし、けっこうなリスクを生じてもきます。これまではウチのお客様にそのリスクを背負っていただき当社はロイヤリティをいただくだけでしたが、わが社もブランドを立ち上げてやっていこうというわけです。まずカンボジアに出店をし、ASEANに店舗を展開していく計画をしています。

こうした事業をやるには何千万円もの投資が必要ですし、スタッフもたくさん雇わなければならない。でもカンボジアの彼女達と関わっていくうえで、自分のミッションに素直に進んだ結果、どうしてもお店が必要なんだと思うようになったのです。

デザイン学校を立ち上げたいのもそうなんです。なぜなら学校は彼女達のデザインレベルを上げていくために、そして人材育成をしていくために必要。

店舗展開でいえば、お店は現地に作ることが大切。なぜかというと、彼女達は、自分のデザインが採用され、商品化された姿を見てものすごく喜ぶのですよ、「夢が実現した!」と。そして、知り合いにそれを知ってほしいからいくつも買って渡したくなる…でも、日本で商品化され、日本で販売しているそれらは高くて、彼女達の経済力ではとてもいくつも買えないのです。だからがっかりしている。彼女達といろいろ時間を共にして夢を聞いたり、商品化した喜びを聞いているうちに、カンボジアに彼女達のデザインが入った商品を売るお店があったらどれだけ彼女達にとって誇りであり、自信の象徴になることだろうと思うようになっていきました。ここまで思いが至ったら、もう、お店を出すしかないですよね。もちろん、その想いだけでなく、事業として現地にお店をだすことには、それなりの可能性を感じています。

自分に「素直」に生きること

自分が素直にやりたいと思えて、それに幸せを感じられ、ミッションを感じられることが仕事

対話する?

『自分に素直に生きること』が本当に大切だと思うのです。これは意外とむつかしいことでして、人の目を気にしたり人からの評価を気にしたりしていると、本当の自分の素直な気持ちが見えなくなる。曇って曇って、完全に見えなくなっている人、今の日本にはとても多いのではないかと最近感じているんですよ。

私がやっている事業は、人のためにやっているように見えていると思いますが、これはたぶん私自身のためにやっているのだなぁと思います。自分が素直にやりたいと思えて、それに幸せを感じられ、ミッションを感じられることがこの仕事なんだ、ということです。この仕事と出会うまでに時間がかかりましたが、素直に生きてきたら、この仕事に出会えた、という感じです。

単なる欲望、あのケーキが食べたいとか、今日は眠たいからもう寝るとか、そういう一時の快楽に従うということと、素直に生きる、ということは、全く違うこと。

本当に自分の奥底から自分が欲しかった人生を見つめ、その感じたことに対しては素直に自分の日々に当てはめていく、日々そういう気持ちで活動・行動していく、ということです。特に最近それを大切にしていますね。自分に素直かどうか、よく自問自答します。

私は人の言うこと気にしない、人からの評価を気にしない、と言われる方なんです。それでも、素直に生きていなかった、人からの見え方を気にしてしまったということは、たまにありますね。だから、まだまだだなぁと思っています。

「やりたいことをやる」「素直に生きる」など、時期によって表現は変わったものの、「自分が生きたいように生きられるんだ」って信じられた瞬間から、人生がすごく変わっていった。

軽いタッチで素直に生きていま~す、ということではなくて、深~い、静か~なところで「私は自分に素直に生きている」という感じなんですよね、今…。

でもね、「素直に生きる」って結構むつかしいことですよね、ほんとに。

社会の「公益」を優先する

社会を変える小さな起爆剤になる

対話する?

大切にしていきたいことは、きれいごとで言うのではなく、社会への公益性を優先して考えることを目指しています。自分だけの利益を優先する、私もウチの社員もサポーターも、今、そういった考えの人は一人もいないですね。

そして、女性が夢をかなえていける社会にしていこう、社会を変える小さな起爆剤になることをイメージしていこう。自分達のことよりもそれらを優先して仕事をやっていきたい。

それをやるためには、もちろん、自分達が幸せで健全な精神状態でいなくてはなりません。自分の生活をすべて犠牲にしてまで、という考えは私達にはありません。自分が幸せだから、そのうえで、他の人達の幸せを考えられる。

なかには自己犠牲してでも、なんでも尽くします…という方々もいらっしゃるかもしれない。でも、私達はいたって普通の人間の集まりなので、私達が継続できることでなくてはやっていけない、と思っています。

「まず、私達が幸せでいることが大切だよね」とスタッフともよく話します。

なにか問題が起きたら、まずは、「笑ってみよう!」

1回笑った後に考えればよい

対話する?

この仕事の厳しさといえば、異国での言語の問題からカルチャーの違いから、初めてやることでわからないことばかり、経営資源の不足とすべてにおいて厳しいです。

時にアジア途上国の女性のために「やってあげている」という気持ちがともすれば起きてきます。例えば、気軽に「辞めま~す」などという行動を取られると、「これだけ私達がやってあげているのに…」と、がっかりしてしまう。「やってあげている」という気分が出てくると、がっかり、が出てくるのですね。

ですから、一人ひとりに対して一喜一憂するのではなく、7割8割の人々が、あるいは5割かもしれないけれど、結果、なんらかの夢を実現してくれて社会が変わることの小さな起爆剤になれば、それでよしとしていこう。細かいことにあまり気を取られずにいこう、と思っています。

なにか問題が起こったら、まずは、笑ってみよう、とかね。1回笑った後で考えよう、みたいな、ね。

感謝を超えて「感動」です!

すべてに対してありがたいと思う気持ちが日々何回となくある

対話する?

最近、すべてに対してありがたいと思う気持ちが日々何回となくあるんですよ。そういう心掛けでいるとさらに次のものを引き寄せてくれることもあるかもしれないから、1日何回も「ありがた~い」と思っています。

能力と資金不足から自分達だけでは実現し得なかったこと、それが私達のこのミッションとビジョンに共鳴してくださった方々が「お金のことは抜きでいい、それが現実化したら素晴らしい」というだけで、実現に向けて応援してくださる…こういうことがあるから、私達、続けていくことができるんです。ありがたいです。

ドリームガールズショップがネット上にオープンします。これも賛同してくださった経営者のおかげで実現するんです。
こういうご協力をいただけなかったら、種まきさえもできないでしょう、私達。

一番最初にあったのは、「アジア途上国女性の夢をかなえる、以上!」というミッション一行だけ。それを元にビジョンができてきて、それが次第に色付きの絵になってきた。その絵を見た人達が「いいね!」と言ってサポーターになってくださる。お金がなくてもここまで幅広く、それも海外での仕事をできるんだと、応援してくださった方々に対しては感謝を超えて感動の気持ちです!

私がもしミッションとかビジョンを持っていなかったらできなかった。ミッションとかビジョンを持っていなかったら事業計画自体を作成するところまで辿りつけなかった、でしょう。ありがたいのは、スタッフみんな「本当に感謝ですね」といろいろな局面で感謝を口に出して言います。何も私がいわなくてもそんな精神の人達が集まってくれているのが嬉しいです。

たった1行のミッションをスタッフと一緒に少しずつ色付きの形にしていって、それに周囲の人達が力を貸してくださるようになり、そして実際に力を借りて、次第に一人歩きもし始めてきた。「感謝ですね!」と心から何回も毎日のように言っていますよ。

夢をカタチにする3つの強烈な「イメージ」

強烈にイメージしたものが現実化していく

対話する?

私がこのミッションをやろうとした時に各フェーズで抱いたそれが実現した瞬間のシーンがあります… 

☆一つは、アジアの女性が私の手を握って、涙ながらに「今の私があるのはあなたのおかげです」と言ってもらえたシーン。

☆二つ目は、カンボジアでの成功例を次の国、次の国へと展開していき、「我が国でもドリーム・ガールズ・デザインコンテストをぜひやってほしい」と言われるシーン。

☆三つめは、カンボジアで初のカンボジア女性がデザインした商品が並ぶショップを開くことそして、カンボジア女性がその店の前で自信と誇りを感じているシーン。

これらを強烈にイメージしていました。

今年、最初の一つ目、「ドリーム・ガールズが無かったら・・・今の私があるのはあなたのおかげです」と言いながらハグされる経験をしました、しかも一人だけではなく、3人から。こんなに早くこの瞬間がくるとは思ってもいませんでした。この3~4年、試行錯誤ばかりで事業は大きく発展したわけではなかったけれど彼女達の人生観は確実に変わったようです。こうして一つ目は実現しました。今後も同じイメージはずっと持ち続けていきたい。

二つ目の、カンボジアで一つのモデルができたらアジアの他の国に広げていきたいということも、実現するかもしれない現象が起こっています。

まだカンボジアで一つのモデルが完成したとはいえない状況ですけど、ミャンマーで活躍されている方から声を掛けられてミャンマーに行ってきました。原資がないのでボランティアで協力してほしいとざっくばらんに話をしましたら、協賛が取れるように動くとか、ツアーを一緒にやろうとか、いろいろアイディアを出してくださり、ミャンマーにも強力なパートナーができました。彼らは国を代表するような素晴らしい人達です。そして、2014年3月、「第1回ドリーム・ガールズ・ デザインコンテスト in ミャンマー」が行われます。

次には、ラオスで社会活動をされている日本人の方々が「温井さん、ドリーム・ガールズ・デザインコンテストをぜひラオスでもやってほしい」と言ってこられました。さすがに「来年は無理です」と言ったら、「温井さんの時間はいただきません、自分達が全部動きます」と。そこまでありがたいことを言ってくださるので、こちらは全てのノウハウを提供することにし、デザインコンテストの実施を私たちのミッションに共感してくださる彼らに託しました。

来年はラオスもやるようになりそうです。

一つ目は実現し、二つ目もこうして実現しかかっています。

三つめのカンボジアでの出店ですが、2014年6月にカンボジアで最大級のショッピングモール、素晴らしい施設をイオンモールさんが作ります。その中に出店するための店舗オープンの準備を、今まさにしています。

具体的な絵柄として強烈にイメージしてきたことが実現したり、実現中だったり、絵に描いた世界だけではなくなってきています。私の大好きな言葉に「夢しか実現しない」がありますが、本当に深い言葉だと思います。

希望の星、憧れの存在、「象徴」となる女性達を創出する

女性が幸せに生き生きと夢をかなえられる社会へ

対話する?

冒頭で、途上国では女性が置かれている状況のひずみが多くあるとお話しましたが、学校に関しても、都会では次第に改善されてはいるものの田舎では女性が学校に行くことはまだまだ「もったいない」と思われています。女性が学びの場を持てなかったためにその子供も無学…そういう悪い連鎖から抜け出せないところも多い。また、子供の売買、望まない売春など、そういう社会問題はまだ残っています。

今、私達が行っているデザインの事業はダイレクトにそういう人達に作用はしないでしょう。でもデザインを通じて自立した女性のお手本となる女性が増えたら「私もあのように夢をかなえられるかもしれない…」と希望を持つ女性が増えます。自立に成功した女性達は、きっと他の女性達の希望の星となるでしょう。そんな象徴になる女性達を創出していくのが私達の仕事だと思っています。

やがて彼女達がもっと社会に作用するようになり、またバトンタッチが行われていくことで、結果として社会が変わっていき、女性が幸せに生き生きと夢をかなえられる社会になっている。それがアジアの国々に波及していき、またそれらが世界に発信されていく。そういうことをイメージしています。

それが達成されるころは、私は天国にいるかもしれませんが。(笑)

幸せで納得する「人生」を歩んでいきたい

人の夢に関わり、自分の夢を実現していくことがベストだと思う

対話する?

スタッフのみんなに願うことは、幸せで納得する人生であってほしいということです。また、人の夢に関わっているという誇りを持ってほしい。それを持つことが自分達の夢をかなえていくことでもある、そういう意識でいてくれたら私はすごく嬉しいです。

自分達の仕事を一生懸命やればやるほど、幸せな人が増えていく、その結果、自分達も幸せになる。人生の最期に、こんないい仕事に関われた、ほんと良かったと振り返ることができるようになってもらえたら、いいですよね。

私達の仕事は社会の問題に対してなにかを仕掛けるということだから、次から次へとやる仕事が具体的に決まっているわけではないのです。初めて取り組むという仕事もいっぱいあります。ただ、取り組む課題はなにかを観察する力、それを分析し、問題を解決する力さえあれば、経験がないことでも、どんな問題が起こっても、やっていけるのではないかと思います。
だから、できる、という強い自信をもって臨んでほしいですね。

やったことがないですから…それは無理です…となっちゃうと、そこで止まってしまう。

なんでもまずは、できる、と受け止めたうえで、冷静に結論を導き、実行に移していく。それが自然に身についていき、自信となっていく、そういう成長を日々願っています。

社会の変革は、「何世代」も受け継がれるもの

次の世代へ続くものでありたい

対話する?

私の考えていることは私の代で終わらないと思っています。
正直、自分が思っているよりも早いペースで進んでいると思っていますよ。会社を立ち上げてから事業計画をちゃんと書くまで、4年もかかっているじゃないか、と言われれば、ごもっともでございます、と言うしかないですが・・・

ミッションの1行しかなかったところから、今までになかったカタチの事業を構築するまでで、これだけの時間がかかったのです。

web系の会社で企画からプロジェクトを立ち上げ、実行して何千万という金額を企業から頂く、そういう仕事を十何年もしてきたキャリアの私が、今回はこれだけ時間をかけました。それくらい、企画に関しては考え抜いたという自信もあります。とはいえ、事業はまだまだスタート段階の域で、現場のオペレーションがうまくいくのかという経営の技術に関する部分では不安もありますね。

それにしても、デザインコンテスト開催から商品化までには5年、7年かかると思っていました。それが、3年でもう30商品以上がデザイン採用され商品化されました。これから私達も商品開発をしますから、世の中に彼女たちのデザインがでるという意味では予想よりはるかに早い展開です。

でも社会が変革に向かうということは、一世代だけではむつかしい。また私たちの活動だけでもそう。きっと未来のビジョンを共有する異業種の人達がネットワークし、何世代かにわたって成し遂げられていくものでしょう。私たちはその中の欠かせない小さな一つの存在でありたい。そして私がいなくなっても続くものでありたい。まだスタート地点といっていいにもかかわらず、今からもう、そういう思いを強く持っています。

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