日々、「コツコツ」やること 東京都港区港南で卸業を行う 株式会社本物研究所 代表取締役社長 佐野浩一の生き方・働き方

Clip to Evernote

株式会社本物研究所 代表取締役社長 佐野浩一の生き方・働き方

この世の中を良くしていくためには「本物」が必要だ

人に優しくて地球にやさしい本物の商品や技術を追及し、伝えていくこと僕たちの使命。

対話する?

当社は社名の通り、「本物」を研究するところです。

ですが、研究所を持って何かを研究しているというわけではなく、「本物」とはなにかということを商品や技術などの具体的な形でお客様に提示させていただく、という仕事です。

基本的な業態としては卸業で、「本物」志向のメーカーさんから商品や技術をお預かりして、私どもの直接代理店さんで販売して頂いております。

「本物」に対する僕の非常にシンプルな認識は、「人に優しくて地球に優しい」ということです。

東証一部に上場している船井総合研究所の創始者でありオーナーの船井幸雄は「この世の中を良くしていくためには『本物』が必要だ」という考えから、「本物」をさまざまな形でさまざまな方々にご紹介をしていたわけですが、それを本物研究所で具体化し一括してやろうということです。船井幸雄の想いがすごく強いことは事実ですね。

現在、大きな企業さんや大きな流通さんで動いている商品の取り扱いは、ほぼゼロ。 自分たちで探して、またメーカーさんからのアプローチがあって、知る人ぞ知る、まだたくさん広がっていないけどほんとうに精魂込めて作られている良いものと僕たちがまず出会って、それを僕たちが伝えていく。そういう仕事をやらせて頂いております。

「教師」から経営コンサルタントへ

「船井流経営法」を教育現場で実践。それがきっかけで全く違う世界へ飛び込むことに。

対話する?

僕の父は小さな工場を経営していました。僕は一人っ子ですが、父は僕に継がすつもりはないと公言していました。それで大学に進学しました。非常に学費の高い大学に入ったものですから、なんとか、コストパフォーマンスを出そうということで教員免許のコースを取りました。英語科です。

そうこうしているうちに、友人に紹介されて塾のアルバイトを始めました。なんやかんや、3つくらいの塾を掛け持ちしました。ほかのアルバイトもして、大学時代は超忙しかった。学費を出さなければならなかったので(笑)。

そんななかで、塾、予備校、家庭教師の仕事がほんとうに楽しく思えてきたんです。一方、学校での素行がいい悪いで、その子供の人格までいい悪いが決められていく、それにすごく違和感と反発を覚え、ええ格好して言うと、そういう現状をどうにかしなくていけないという、そんな"使命感"に燃えて教師になりました。

教師の仕事は大好きでしたが、なかなか型にはまることができず、常に新しいタイプの授業とか、面白い授業とかを模索していました。ところが、3年目の時、奉職した学校は中高一貫の私立校で、中学校から高校に進学できない子供たちが出ました。これがものすごいショックだった。あれだけ一生懸命教えたのにもかかわらず、欠点を取るような子供を出してしまったと…。それで約2カ月、アメリカ・シカゴの郊外、幼・小・中・高・大と結構な数の学校や園に訪問し、実際の授業を参観したり、先生方や生徒さんに直接インタビューさせていただきました。

そこで僕は「教えない教育」というもの、自分たちで学びとっていくという授業を経験してきました。それが僕の中で大きな変化を遂げることに結びつきました。生徒たちが授業する、生徒たち同士で教え合う、先生はそれをサポートする、こういう形で授業を続けて行きました。

そうこうしているうちに、結婚をしました。その相手がたまたま船井幸雄の娘だったのです。それで船井幸雄の考え方に出会い、「船井流経営法」それを教育現場で実践していきます。すると、ほんとうに生徒たちが変わっていくんですよ。「えっ~、凄いな」という勢いで。例えば県で一番弱かったテニスチームが、団体戦で3位までいきましたからね。

また当時、現状に若干の閉塞感を勝手に感じる自分がいました…外に出たいな、でも子供は好きだし、などと葛藤していた。外に出るなら、まったく違う世界に飛び込もうということで、船井幸雄に弟子入りしたのです。それが、船井総合研究所に入らせていただいたきっかけです。船井幸雄との出会いは本当に大きなものでしたね。でも、教員を辞めた日、朝から夜中まで泣いていまして「そんなに泣くなら辞めなければいいのに…」と言われましたが、今でも、教師という仕事は大好きです。

船井総合研究所でコンサルタントとして新たにスタートしましたが、先輩たちから見れば真似事をしているに過ぎなかったでしょう。

そんな中、船井幸雄に船井流の人材育成法をまとめてみないか、と言われました。そんなだいそれた仕事、それまで誰もがやったことがないことを僕が出来るわけがないと当時は思ったものです。

「船井流人材育成法」を長所進展、プラス発想、勇気、至誠 慈愛 自由、5つのキーワードで、ひとつずつを1週間26時間、平日は4時間、土曜は6時間、これを6週間、2カ月に1週ずつ繰り返す、これを研修プログラム化する。しかも、それを3カ月で作りなさいと言うのです。

それから船井幸雄の著作を全部ひっくり返して、5つのキーワードに合致する部分を抽出し、必死でデータベースを作りました。それをプログラム化し、研修のワークショップなどに進化させていく。

それからは講演をさせていただいたり、研修をさせてもらったり。船井総合研究所での2年目、講演と研修で年間150回ほど務めさせて頂きました。

不安よりも「前向き」な気持ちが強かった

とにかく、ちゃんとした会社を創りたかった。

対話する?

本物研究所の社長に任命されたその当時、僕は船井総合研究所に入所2年目の経営コンサルタントの駆け出しでした。不安もありましたが、ずっと前向きだったですね。2年間船井総合研究所で「社長」と呼ばれる方々と相当な数、お付き合いをさせていただいていました。僕が交換した名刺はおよそ2,000枚、そのほとんどが「社長」です。そういう経営者の方々と触れてゆきつつ、自分の中で「社長」というものに興味はなかったか…というと、むしろ大いにあったのですね。

本物研究所は2003年4月にスタートしましたが、それからの方が、きつかったですね。

船井幸雄や船井幸雄を大事にしてくださった方々からたくさん資本金を出していただいたおかげで、いきなり資本金5000万円の会社として立ち上がりました。その中で僕は200万円だけ株式を出しました。ですから、僕の中の感覚では最大使っても200万円まで、と思っていました。そうじゃないと人様のお金に手を付けることになるから、という感覚がありました。つまり、僕の中では資本金200万円の会社だった。

でもそれにしても、お金はある、という思いはありました。ところが、僕は船井総合研究所に入所する前は教師、そしてビジネス界での経験はたった2年間、それで社長になったわけで、お金の使い方がわからないんですよ。

そんななかで僕が最初に取り組んだことは、ちゃんとした会社にしたい、そのために、会社運営のシステムを整えることでした。教師時代にしろ、船井総研時代にしろ、そういう仕組みが回っていってこそきちんきちんと会社が動いている、ということを身を持って知っていましたから、しばらくの間は社内を回していく規定作り…帳票であったり、手続きのための書類の作成などに専念しました。

まだ売り上げは全然あがらない時期でしたが、どれくらいきちんとした会社にしたいか、という思いが強かったですね。

「企業の存在意義」は3つある

社会性・収益性・そして教育性。

対話する?

そうこうしているうちに4月末に1人、5月に2人社員を採用しました。積極的にどんどん面接して5人の社員を抱えました。4月・5月は売上ゼロでしたから、今思うと、よくあんなことしたなと、思います。まだ、人を雇用するという怖さを分かっていませんでしたから、その後、夏にも2人増やし、1年目を迎える直前の1月には5人も採用したんです。

船井幸雄は、企業の存在意義は3つあると言います。

社会性、収益性、そして教育性です。

では、まず社会性とは何だ、というと、人を雇用すること、それで社会に貢献することだ、と言うのです。会社というのは公器である、人は世の中からのお預かりものであると松下幸之助先生はおっしゃっていますよね。船井幸雄は松下先生の影響を非常に受けてきており、僕もそれを教えられてきました。だから人を雇えば売り上げはあがる…と当時は考えていたわけですよ、実を言えば収益性などそっちのけでした。

でも、面白いことに、人に入ってもらってから本当にだんだんと売り上げが上がってきたんです。そして、7月には船井幸雄の周りにいらっしゃる皆様へのお披露目の会、創立記念の会をやらしていただくことができました。そうこうしていくうちに売り上げはあがり、販売面を受けてくださるメーカーさんや企業さんも増えていき、結局、8月か9月に単月黒字、10月には黒字に転じました。1期目から、今11期目に入りますが、創業来、10年連続黒字を続けてくることができました。

今思えばバカじゃないの、と思うのですが、当時は人に来ていただければ売り上げはあがるという、今となっては妄想みたいなものですが、1年目はそういう時期でした。

このように1年目からある程度の結果がでたもので「凄いですね」などと言われ、そこで間違えかけたこともありました。「ふ~ん、こんなものか…」という気持ちがこころのどこかにあったかもしれないと、今、思うところがあります。

それでもこうしてずっと続けて来れたのは、お客様のお陰、社員のお陰です。

僕自身は実は何もできないに等しいのだけれど、ただ、ひとつだけあるとすればお話するのが好き、人が好き…だから教師になったのですけどね、結局、僕にはそれしかない。 また、僕が経験した組織は、教育現場である職員室と船井総研しかないわけです。

船井流経営法には、「即時業績向上法」というのがあります。
「長所を伸ばしなさい」と「真似をしなさい」の二つです。「真似をしなさい」ということでいうと、僕に当てはめたとき、僕には職員室と船井総研、この二つからモデル化するしかなかった。

例えば、当社は部署の名前を◎◎グループ、役職を★★マネージャーなどとしていますが、これは船井総研の真似。組織の作り方も船井総研の真似。

また、作り上げてきた環境は、まさしく、教室そのもの、です。

僕にとって会社は基本的に学校と同じ。だからウチの会社はヘンな会社で、朝イチに全員で掃除をするんです。その後、朝礼が始まります。学級活動では担任の先生のお話しや連絡がありますよね、ウチもまったく同じで、その時には船井幸雄の言葉をどう理解したかとか、僕たちの企業理念を復唱したり、企業ドメインを復唱したり、商品に関してワンポイントで良さを伝える商品トークの練習をしたり、僕からも話をしたり…みっちり20分間の朝礼をやります。
朝礼の中には、挨拶向上委員会、社内美化委員会、モラル向上委員会などのメンバーたちが毎朝、連絡や注意をしていきます。

5期目くらいまで中途採用をしてきたので、わが社はいろいろな文化を知っている人たちの集まりなんです。初め違和感を持った人たちもいたと思うのです。ですが、ありがたいことに今、社員たちは皆仲がいいです。ほんとに自然に、社員同士が仲がよくて、部下を可愛がること、ある時には部下をかばったりすること、そういう連帯感がすごく強いようです。また、皆が僕のことを好きだと言ってくれる。それは非常に社長冥利に尽きることですが、その反面、僕も彼らのことを好きになろうという努力は常に大切にしています。

こうした「好きやで!」と言い合えるような雰囲気に会社を作り上げてきたけれど、でも、ある意味、これはそれに甘えてしまう素地を非常に醸しやすい文化でもあります。また、助け合いや手を差し伸べる労をいとわない社員が多いのはいいのですが、時には「今あなたたちがそこまですると彼は育たないのじゃないのか」と苦言を呈す場合も起きてきます。

いろいろなことを話していても「ほんとうに伝わっているのだろうか」と、ジレンマを感じたり、朝礼でも話が長すぎるかな~と思うこともあるのですが、それでも僕は、語るんですよ。語って語って語って、僕にはそれしかやれないので、ずっ~とアホみたいに語り続けてきました。

「誰」の方を向いて仕事をしているか?

建前などいくら話しをしても伝わらない、ということを社員から学びました。

対話する?

僕のデスクの前にはベンチがあります。教員時代は横に置いておき、生徒がくると、まず「ここにお座り」と座らせて、面談を始めました。僕を導いてくれた先輩は「生徒と目を合わせなさい、力のある方が座ってそうじゃないほうは立ったままという上下関係というのはダメだよ」と、教えてくれました。これが今でもすごく自分の中に残っています。だから社長になった時に、一番初めに大事にしたのはそれです。僕の前に社員が「座って」話をする。これは絶対、今後もそうしていきたいと思っています。

ウチはお菓子など頂き物の多い会社なのです。それを分ける時、必ず僕の机の上に広げるのです。すると、社員たちが取りに来ますよね。そこで、一声、掛けることができます。こういったことを大事にしています。

話をすることも好きですが、話しを聞く、これもアホのひとつ覚えのように実行しています。結構突っ込んで話しこむ場合もありますよ。そして、意見が合わなくて「社長のこと、大嫌い!」なんて反発されることもあります。喧嘩もします。でも結局、なにか食べに行って、仲直りしたり…そこで本音の話がでたり…。

結局、僕、教師なんですよ。こういうことをずっと続けてきて、少しずつ皆に伝わって来たのかな、そうだと嬉しいと思う反面、教師っぽいことが抜けきらないことが場合によってはマイナスの部分があるかもしれないと思っています。誰の方を向いて仕事をしているのだということを考えた時、それはやはりお客様のためであり、あるいは自分が力を付けるためであることが根本ですよね。だから、いわゆる、もたれかかるような関係になってはいけないじゃないですか。あまり助長し過ぎてはいけないとは思っています。

ちゃんと目が届いているのかどうかについて、すごく敏感に感じている社員が多いです。だから、僕の言動でも、いわゆる一般論的な言い方が強くなってくると社員たちは反発することがあります。直にストレートに僕に言ってくることは稀ですけど、「あれは社長の言葉ではない」とか、「ホントに心に持ってしゃべっている言葉ではないない」と。世間体とか体面ではなくホントの気持ちかどうか、「社長を見たらすぐわかる」と言われちゃいます。審査員が26人いるみたいなものですよ。

要は一緒にやっていく「仲間」なんだということをもっときちんと捉えていなければいけないということです。建前など、いくら話しをしても伝わらないんだな、ということを彼等から学びました。

「学級経営型」の経営

「なんか体調よくないのか?」とか、「なんかいいことがあったの?」とか、そんな会話から一日が始まる。

対話する?

ウチは、創業11年目を第2創業の1年目という位置付けをしています。今まで会社の中にあったものを、全部、まっさらに取り替えたのです。組織、企業理念、ドメイン、そしてこの新しいクレド…さまざまなことを一新しました。

社員たちが年齢層ごとにチームを作り、その代表たちが新しいクレドを作っていったのですが、僕の想いと考え方、それまでウチの会社が理念としてきたこと、社員たちの行動指針などをシェアしながら、いろいろ意見を出してもらい、それをベースにクレドに仕上げました。半年くらい掛かりましたね。

僕が伝え続けてきたことや、そうなってほしいこと、それらが社員たちの中で分かってくれているんだなとこのクレドを見て、すごく理解できました。時には「暖簾に腕押しだな~」と思っていたことが、実はこういうかたちで伝わっているんだと知って、非常に嬉しかった。

クレドには3つの柱があります。お客様の笑顔のために。会社の笑顔ために。地球の笑顔ために。この3つです。

「会社の笑顔のために」、これについてお話します。すごいメッセージがあるんですよ。これを読んで、僕は感激しちゃったのですが、

「社員は同じ目標に向かう家族です。共に学び考え解決します」

というのが、続くんです。

例えば、お恥ずかしい話、ポットのお湯がきれているとか、棚の整理ができていないとか…朝礼で伝えられる日があります。でも、あるとき、一番若い社員が「社員は同じ目標に向かう家族。家族なら、お湯がきれていたら、気になるよね」と言ったんです。まさにその通り、「社員は同じ目標に向かう家族」って、ものすごく大事なメッセージだなぁと、あらためて感じ入りました。

僕はウチの会社の経営を「学級経営型」の経営と言っています。どこまでこれが通用するのか、はたしてほんとうにそれで大きな収益企業が作っていけるのか、正直なところ、全くわからないです。ただ、僕が社長をしている限り、これは変わらないでしょう。そして、継承してくれる次の世代の人たちも変えないでいってくれると嬉しいな、と思っています。ある意味、うちの企業グループの中で、当社は非常に異質な存在に映っていると思います。

学級経営型、これはある時、ふっと出てきた言葉です。朝礼で生徒たちの顔を見ればその健康状態や心理状態が分かるわけですよ。それが見て取れなかったら、プロじゃないと、教わってきました。会社も同じ。「なんか体調よくないのか?」とか、「なんかいいことがあったの?」とか、そんな会話から一日が始まるんですよね。こうしたことは教員時代にやってきたことですから、自分の中に染みついたものなのです。

僕のこうした姿勢からでしょうか、専務も社員の相談ごとにいろいろ乗ってやっているようです。専務は僕より11歳も若いのですけれど、たいしたものです。グループ内初の内部昇格ですが、この10年間、ずっと僕に寄りそってきてくれた人ですから、僕の心が伝わっていることがとても嬉しいのです。

僕は彼をほかのグループ企業から移籍させ、徹底的に仕事を預けました。後で知ったことですが、僕の指示を手帳に書いていたようなのですが、それが何ページにもわたっていて、申し訳ないことをしたな、と思いました。が、彼のすごいところは、一度も「NO」と言わなかったことです。なんとか、くらいついてきた…実はもともとは他では"やんちゃな社員"と目されていたのです。僕はそういう人をリーダーにしてみせる、と思いましてね。これは学級経営と同じなんですよ、やんちゃな奴を学級委員長にする、ということです。

時には猛反発されて「社長、それはダメです。それは勘弁してください」とか言われます。逆に「社長がそこまでおっしゃるのでしたら頑張りましょう」と理解してもくれます。

Yes Manを身近に揃えるのは、簡単なこと。彼は一見Yes Manに見えるが、全然、そうではない。「本当にそれでいいのかどうか」を考えてくれる。それを実行したらどういうリスクが生じるか、まで考えてくれる。僕はリスクを考えるのが苦手なんです。「やろう!」と決めたらプラス面しか見えないところがある。だから、ありがたい存在。理想のチームワークです。この出会い、これも今日に繋がる大きなファクターでした。そんな彼がグループで内部昇格を認められた時には僕、ガッツポーズでしたよ。

出会いがあって、お互いの想いを知り、またどういうポジション・役割を担いあうか、これですよね。

やっぱり人って大事だなぁと思っています。

「リーダー的資質」を持った人たちが、1人でもたくさん生まれたら楽しい

リーダーの経験を積むことは本当に勉強になる。一度やってみたほうが、醍醐味がある。

対話する?

僕はリーダーをやる人たちを増やしたいのです。

ウチはこんな小規模にもかかわらず、8つのグループに分かれています。平均して3、4人です。その規模でグループと呼べるか? というところですが、グループの下にはチームがあります。グループマネージャー、一般の会社で言えば課長さん。そして、チームマネージャーがいます。つまり、3、4人の構成員ではあるけれど、リーダー的な資質を多くの社員に身につけてもらいたいからです。

また、他にもプロジェクトチームを設け、そこにはプロジェクトマネージャーを置く。例えばエコプロジェクト…缶のプルトップやぺットボトルのキャップを集めるんですね、その活動を販売店さんにお声掛けして協力を仰いでいく。いわば課外活動のようなものです。

また、販売店さん全体に集まっていただく「感謝総会」を毎年開きますが、それもプロジェクトチームという実行委員会を立ち上げます。そうすると、普段の仕事の中ではリーダーでなくても、こうしたところでリーダーの経験を積むことができます。

こうすることで、次のリーダーを常に創る準備する状況が生まれる。リーダー的資質を持った人たちが1人でもたくさん生まれたら楽しい。

船井幸雄会長は「子会社100社構想」を提唱していた時期があったそうです、僕は知らなかったのですが。その船井の意図は「経営者を経験すると本当に勉強になる」ということ、だから一度はやってみたほうが「醍醐味がある」ということです。これは僕の中にもすごく共鳴するものがありまして、将来、ウチの会社が大きくなっていったら会社をいくつかに分けて、一つ一つを違う経営者に運営してもらいたいと思っています。これが僕の夢です。

現在、社内ベンチャーの話が出てきて、2013年4月にそれがスタートしました。夢の一歩を踏み出したところです。

日々、「コツコツ」やること

アホみたいに一つのことを愚直にやり続けることが最大の近道。

対話する?

一つのことをコツコツやる。

僕は大きなことを一発狙って行くタイプに見えるそうですが、そうではないんですねえ。アホみたいにひとつのことを延々続けることが大好きなんです。そういう意味では会社作りも商品作りもコツコツやってきたのかな、と思います。ぜんぜん参考になる話ではないですね。

コツコツ、これは父の影響でしょう。父は小さな会社を経営していたのですが、来る日も来る日も仕事をして、来る日も来る日も徹夜して朝方帰ってきたり、ご飯だけ食べに自宅に戻って、また仕事をするような生活…コツコツやる人でしたね~。

僕はこうした父の姿を見ていて、なぜ今その世界に自分がいるのかなと考えた時に、父の追体験をしているんですね。当時父が僕に伝えたくて伝わらなかったことを、今、僕は経営者という同じ立場に立つことによって父に何かを教わろうとしているのかもしれない…。立ち返るところは…やっぱり…父かな~…

父はほんとうに世話焼きでした。忙しいのに町内会の役員を引き受けてきたり…やめときゃいいのにと、子供心に思いましたが、人の世話がしたいんですね。そいうところ、似ているのかな~と…つき詰めてみれば父、ですかね~。

父は穏やかな人で、人付き合いのいい人でした。僕はまだまだとげとげしているところがあるんですが、そう言う意味でも、目標かな~。

だから、二人の父が目標です。

1人は、船井幸雄であり、もう一人は自分の父。

仕事人として船井幸雄を目標としていると言うと「おこがましい」と周りの方々から言われそうですが…でもそれはありますよ、かっこいいなと思います。

船井幸雄は「物を大事にする人には物が集まって来る」、「人を大事にする人には人が集まって来る」、「お金を大事にする人にはお金が集まって来る」と言います。結論は、だから、みんな大事にせぇよ、ということなんですが。

だから、特に「人を大事にする」つくづくそう思います。

これからの「時代」作り

「本物」という領域が絶対必要になる。

対話する?

僕たちが考えていることは、これからの時代作りだと思っています。

そのために「本物」という領域が絶対必要となって来るに違いない、ということです。そういう船井幸雄の考え方を僕たちは具現化して行動していく、ということです。

その一つの入り口として健康で明るく幸せに暮らすということが大事。そのための健康食品であったり、暮らしの雑貨であったりするわけです。衣服、化粧品など、生活で使うもの全般ですよね。

「本物」に触れていただくことによって元気になった、きれいになった、生き生きしてきた、ワクワクしてきた…そういう人たちが1人増え2人増えしていくと周りに伝播していく。そうなっていくと船井幸雄がずっ~~と言い続けてきた未来は良くなる、未来は明るくなる、いい世の中がきっと来るというものに、何かしらお役に立てるのではないか。そんなふうに考えています。

直接的に言うと、いいものを作っていらっしゃるのだけれど、なかなか販路がなかったり、売り方に困っていらっしゃったりする素晴らしい商品を開発されているメーカーさんの商品を販売させていただいて、その成果を上げさせていただくことで、お返しをしていきたい。

販売代理店さん達には私たちが選んだそういう商品を扱ってくださることによって同じく世の中に貢献していただく。ある意味での使命感を持っていただく。売り上げが上がることで経済的な喜び得ていただきたい。お客様から「ありがとう」という言葉をいただくことで、もっともっとおなかの中からわき上がって来る幸せ感を感じていただきたい。

見える形でいろんなところに貢献していくことができればいいなぁと思っています。

「使命感」それが仕事を続ける原動力

日本で一番「おせっかいな卸会社」をこれからもやらせていただこうと思っています。

対話する?

思いはいつも本物を伝えることが世の中をよくしていくんだという、使命感です。それが仕事を続ける原動力です。

人々の心と体の健康とより幸せな生活を実現するための商品・サービス・情報・人材・場、そして夢を提供します。

この6つが、僕たちが定義しなおした"ほんもの"という領域です。

これからは船井が提唱した「本物」から"ほんもの"にスイッチしていこうということを考えています。これがお客様に提供していくことができると、私たちはお客様と笑顔を繋いで行くことがきると考えます。

こうして仕事をしていくうちに売り上げと感謝の言葉が繋がっていく…そして、みんなが幸せになっていく…これが理想です。

10年やってきて思うことは、お客様がいなかったら僕たち、食べさせてもらえないと言うことです。自分たちだけでやっているのではない。売上を頂くだけの商売だったら、これまた、つまらないだろうなと思います。

そういう意味で、僕たちは日本で一番おせっかいな卸会社をこれからもやらせていただこうと思っています。おせっかいな卸会社、これがこれからの僕たちのモットーのひとつになっていくでしょう。

「おせっかい」別名、サービスと呼んだりホスピタリティと言ったりするところのものが大事になって来るのです。そして、たくさんの"ほんもの"の商品を一気に取り扱うことができるという利便性のなかで、信頼や確信を頂いていく。

日々こういった取り組みの積み重ねをしていくことが大切で。逆に言うと、こういった取り組みが、僕たちの使命を果たす理由を日々問い続けていく根源になってます。

“ほんもの”の世界をさらに拡げて行きたい

次の10年は、私たちの暮らし中の日常の領域に一つでも多くマッチしていけるように、“ほんもの”の世界をさらに拡げて行きたい。

対話する?

“ほんもの”に示した商品・サービス・情報・人材・場、そして夢の提供です。

船井幸雄が経営コンサルタントとして経営者の方々の悩みごとの相談をお受けしていた時代、健康に関するご相談が非常に多かったのです。そうした場合、経営コンサルタントとして、なかなか具体的な商品の紹介はしにくい。それで水などの健康関連商品を販売する会社、この「本物研究所」を立ち上げました。ですから当初はほとんど健康関連がベースでした。

それをこの10年を掛けて変化させてきました。まず美容が加わり、健康器具、雑貨、入浴関連、衣類(竹布・麻布)といったものなどです。

次の10年は、私たちの暮らし中の日常の領域に一つでも多くマッチしていけるように、"ほんもの"の世界をさらに拡げて行きたいと考えてます。

その一つには教育があります。まだ一部分しか実行していませんが、例えば大学生の就活塾。船井流の生き方・あり方を柱とした塾。これを51Dreams`companyという会社を創り「幸学館カレッジ」としてスタートを切りました。

「本物研究所」を謳歌してもらいたい

本物研究所が、社員の夢や目標・生まれてきた喜び幸せを感じる源泉になりたい。

対話する?

社員それぞれに夢があってほしい、目標があってほしい。その人の夢や目標の実現が100点満点で、「本物研究所」が目指すものと一致していると言い切れる人もいるかもしれないし、その一致の度合いが20点かなと思う人もいるかもしれない。

みんなそれぞれに頑張ってくれている。だから、みんなのために「本物研究所」が、社員の夢や目標・生まれてきた喜び幸せを感じる源泉になれたらいいなぁと思います。「本物研究所」という舞台・フィルターを通して、夢の実現を達成し、喜んでくれたらな、と思っています。

また、自分の城を持つこと(=リーダーになる)はすごく大変なことではあるけれど、すごく身に付くし、やりがいのあることであると思えば、それに向かって努力してほしいな、という願いもあります。

1人ひとりが、リーダーになっていって欲しいです。

いつも社員に言うのです。ウチに来た以上、定年まで居てねということを。

社員は家族だし、皆で同じ夢、同じ目標に向かって行きたいから。多少の違いは認め合いながら、一緒にやっていこう。それは楽しいですよね。だから、ウチの会社の中で夢を叶えてもらいたいです。「本物研究所」で働くことの中で幸せを感じる瞬間を味わってもらいたいです。

幸いにして社員たちはとても仲が良く、支え合い、助け合い、思いやりがあって、配慮があって、優しさがあって、ときどきちょっとそれが過ぎるところもあって、そんな環境を創り出してくれています。ですから、本物研究所は、みんなにとって働きやすい環境・みんなの夢が叶いやすい場所じゃないかと思っています。

だから、「本物研究所」を謳歌してもらいたいと思っています。

採用情報へ