関わるすべての人を「幸せ」にする すべての人の夢が叶えられるお手伝いがしたい。千葉県千葉市で商品自動車輸送業を行う セイワ輸送株式会社 代表取締役 杉本竜彦の生き方・働き方

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セイワ輸送株式会社 代表取締役 杉本竜彦の生き方・働き方

強みは「人」

お客様に対して貢献する、喜んでいただくという意識が本当に強いんです。

対話する?

セイワ輸送は陸送業を行っております。大きくとらえると一般貨物輸送業。
そのなかでもうちは特種なもの「車」を運んでいます。新車、中古車…乗用車に限らず大型のバスとかダンプとか。公道を走っているものは基本的に全て運びます。

うちの強みは、トータルでいえば「人」です。ドライバーの人たち、事務所の人たち、うちのスタッフの力でお客様に対して貢献する、喜んでいただくという想いが本当に強い。

一人ひとりのスタッフの「成長」への意識が徐々に上がってきていると感じてます。これはすぐにはできなかったことです。人間は変われるんだ、成長できるんだと僕自身が実感しているので、何年も何年もずっとスタッフたちには言い続けてきました。それに対して抵抗感を持ったり、本当かなと疑い半分でついてきた人も少なからずいたかもしれません。

でも、今いるスタッフを見ていると、本当に変わったなと感じるんです。自分自身が変われたというのもありますが、スタッフの成長を見ていると人間は変わっていけるんだな、人は無限大に変わっていけるんだなと常に感じています。

「人間」は変われるんだ

父が僕にスイッチを入れてくれた。

対話する?

最初のスイッチが入ったのは父親が倒れた時です。あの時は本当に怖くなりました。
人がどんどんいなくなっていく、頼っていた人と一緒に仕事ができなくなっていく…。

父とはいっぱい喧嘩しました。ずっと僕はこの仕事に就くことが嫌で、就いた後も嫌で。この資本を使って何か別のことをやろうという気持ちでしか仕事に携わっていませんでしたから。

父が倒れて、これから本当にどうなっちゃうんだろうと思った時に、父の言っていた「人を大事にしろ」という言葉がやっと理解できた。

それまでの僕は、一緒に働いている人たちを機械と同じくらいにしか思っていませんでしたから。辞めたら他に代わりがいるという考え。人を人として接していなかったというのが、父が倒れた時に全て出てきてしまった。どんどん人が辞めていって、頼る人もいない、相談する人もいないとなった時、「人を大事にしろ」の真意が初めて分かった。

スイッチが入る前までは完全な理論武装派だったんです。父に勝つにはどうしたらいいのか、そればかり考えていた。父は創業者ですから、問題があっても何とかしてしまうという創業者独特のものがあって、それに対抗するには理詰めでいかなければとマーケティングとか財務とか結構勉強しました。それで戦っていこうと。

父が倒れて、スタッフたちに何故うちの会社で働いているのかを尋ねたら、「会長が素晴らしい人なので今までついてきました」と言うんです。「会長がもう仕事に出られないのであれば、あなたでは心配だから辞めます」と色んな人に言われました。

それで、自分が一人ぼっちになった時、やはり人間として幅を持たなければいけない。人間力をつけなければと思ったんです。理論的なことはとりあえず置いておいて、色々な魅力のある人に会っていこうと。色々な人が紹介してくれる魅力的な人たちに会うようにして、そこから変わり始めました。

「夢・感謝・挑戦」そして、人のために

魅力的な人たちとの出会いが、大切なことに気付かせてくれた。

対話する?

魅力的な人たちとの出会いの中で、「夢」を持つことを忘れていたと気付きましたね。29歳で父の会社に入社してからは「夢」というものを全く持たなくなって、とくにかくお金のために働かなければならないという意識になってしまった。それが魅力的な人たちとの出会いの中で、夢を持つことの大切さ、夢を達成するために働くことの大切さに気付かされました。

あと、「感謝」という言葉の意味がやっと分かった。父が倒れるそれまで、「感謝」の心が足りなかったなと。僕がこのポジションにいられるのは両親のおかげだと改めて思いました。

僕から見て成功している人、魅力的な人たちは、親に「感謝」している人が多いですね。

「親に感謝できない人間が、何がお客様に感謝と言っているんだ」
「それは嘘っぱちでお客様には伝わっていない」
「自分の一番近くにいる人たちに感謝することから始めていかないと、会社を良くするとか社員を幸せにすることはできないよ」

と色々な方に言われて。それで気付きくことが出来ました。

それと、「挑戦」という言葉をとても大切にしています。「そこまでやっているのだからもういいじゃん」と(傍から見たら)思うようなことでも、「まだまだ。止まったら駄目なんだ」と言うんですね。常にチャレンジしていかないと駄目なんだと。そこで失敗したとしても、成功するためには必ず失敗はするのだから。「失敗してもチャレンジし続けていく、諦めなければ成功する」と、出会ったみなさんがおっしゃっていたので、僕も挑戦していくことを心に決めたというか、大切にするようになりました。

「人のため」と言うとオーバーですが、いかにして周りの人たちに喜んでもらうか、ということをやっていると、自分の周りにどんどん人が増えていくんだなと感じています。 僕も昔は何か集まりがあると名刺ばかり配って、名刺の数が人脈だと勘違いしていた時期もありました。でも色んな人に出会うようになってから、「自分がこうです、こういう仕事をしています」と名刺を渡すのではなく、「私はあなたに何ができるでしょうか」ということを意識するようになりました。「あなたに何かをして欲しい」ではなくて、「私はあなたと出会ったことによって、私はあなたに何ができるでしょうか」と。自分ができることを相手にしてあげるという、いわゆる「応援」ですよね。応援するようになったら自然と仲間ができてきたなと感じてます。

仲間って社会人になってからなかなか作れるものではないと思うんですよ。同じような志を持った人たち、大きな夢を持っている人たちに対して、自分のできることで応援し続けることによって、逆に今度は周りが自分のやりたいことや夢に協力し始めてくれる。成功のスパイラルとか言いますけれど、いい環境が徐々にできてくる。

欲しい欲しいばかりでは駄目だと思うんですね。昔の僕だったら欲しい欲しいだけだったと思うんですけれど、逆に「出す」ということですよね。自分のなかでできることを相手にしていく、それを続けていくと今度は自分のできないことを相手が補ってくれて、どんどんプラスに向かっていく。ここ何年かそれを実感しています。

根拠のない「自信」

「自分が変わらなければ」「人を大事にする」と決めたからには、とにかくやり続けていく、伝え続けていく。

対話する?

正直、そう急に人は変われない。自分もそうだった。父が倒れてからすぐには変われなかったですから。自分はやっているのに周りはそんなに認めてくれないという状況でした。それでもやり続けていく。理想論でしかなかったと思うんですよ、当時は。周りからも「理想論ばかり言っている」と言われました。それでも自分は諦めない。

父にできることが僕にできないはずがない、仲間にできることが僕にできないわけがないという根拠のない「自信」が僕には結構あって(笑)、とにかくやり続けていく、伝え続けていくことをやってきました。

なかには反発する人もいて、以前の僕ならそういう人に対して「辞めればいいじゃん」と思ったでしょうけれど、自分が変わらなければと思ってから、人を大事にしようと決めてからは、分からなくても分かるまで伝え続けようという思いで接してきました。

以前は人に頼ってばかりいたスタッフも多かったのですが、自分たちで何とかしなければならない、自分が何かしなければいけない、自分にできることは何だろうと考える人が少しずつ増えてきた。それを僕は見ていて、もっと自分も頑張らなければいけない、もっとみんなを高い位置に上らせてあげたいと思った。それで教育研修を行って、みんなの成長を支援したり、僕自身がずっと伝えることをしてきた、その結果が今少しずつ出てきているのかなと思います。

一番象徴的なのは、二人いた事務のスタッフの一人が癌で亡くなってしまった時。残った一人が「自分が頑張らなければ」と学びを始めてすごく成長したんですね。今ではお客様からも「あの人がいるから社長は安心して外を飛び回れるね」と言われるくらいですから。また、「こいつだいじょうぶかなあ」と心配していたスタッフが、今ではバリバリと最前線で仕事をしている。そうした成長を間近で見ていますからね。そういう姿を見ると、スタッフが一人でも二人でも成長していける会社になればいいなと日々思っています。

「仕事をしていて何が楽しいですか?」と聞かれれば、間違いなく「スタッフの成長を毎日見られるのが楽しいです」と答えますね。業績を上げようとか、もっとお金を儲けようとか、それもスタッフを幸せにする意味では大切ですけれど、その前に人として「君、すごいね」と言われる人たちをたくさん育てていきたいという思いが強いですね。

お客様に接する以上はすべて「サービス業」

「人間力」を高めよう、「感謝の心」を持とう、「お客様」にいかに喜んでいただくかを考えよう。

対話する?

人材育成であったり、会社としての情報発信などの取り組みは、いろんな業界の人たちとの出会いから始まっているんですね。その業界では当たり前のことが、僕の業界ではやれていなかった。そんなことやってどうなるの?という常識とか枠にとらわれていた。これから会社を変えていく、もっと会社を元気にしていくには、色んな業界のいいものをパクって取り入れていった方が面白い会社ができるんじゃないかなと。

輸送業というと、教育面で言えばどうしても安全運転とか運転技術などに偏ってしまうのですが、それにプラスして、「人間力」を高めよう、「感謝の心」を持とう、「お客様」にいかに喜んでもらうかを考えよう、ということをうちでは重視しています。

輸送業ではありますが、お客様と接する以上は「サービス業」だと思っていますから。サービス業として僕らは何ができるのかということを学ぶためには、色んな業界の人と出会って、その業界のいいところをパクっていくということも、面白い楽しい会社を作る上で大事なことだと思っています。運送会社で感動ムービーを創るとか、感謝力を高めるための勉強会をするとか、何やっているの?という見方もあるでしょうけれど、そういうことを繰り返すことによってみんなの士気が高まると思うんですよね。

正しいか間違っているかは僕には分からないですが、確かなことはスタッフの顔つきが昔と今では明らかに違うということ。明るさも元気も以前とは違う。そこが、やってきて良かったな、続けてきて良かったなと思うところですね。もっともっと良くなって欲しいですから、こういった学びの場は続けていきたいと思いますね。

たまたま輸送業というだけで、やはり商売というものは人と人だと思うんですよ。うちの場合は、ドライバーさんがお客様のところに車を運ぶという仕事ですから、その時に相手がどう思うかが大事だと思うんですね。いかにして相手に好印象を与えるか、またあなたに仕事をお願いしたいと思ってもらえるか。それはコンビニでも居酒屋でもホテルの接客でも全てそうだと思うんですね。

よくドライバーさんに言うのですが「同じ仕事を頼むのだったら、無愛想なドライバーと元気なドライバーでは、どちらがお客様は喜んでくれると思う?」と。やはり人と人ですから好感を持たれた方がいい。でもぼくらの業界は正直、今までそういう発想はなかった。サービス業だと気付いた会社さんは率先してやっています。だから僕らにもできないことはないだろうと。それは意識の問題。それを伝える人がいるかいないかの話ですから。

僕は社員さんに、どこの会社にも負けない「人間力の高いドライバーさん」になって欲しい。もし万が一、他の会社や業種に行ったとしても「何で君そんなにすごいの?」と言ってもらえるような人になって欲しい。「セイワ輸送にいました」と言った時に「セイワさんってすごいんだね」と言ってもらえる。それで辞めた事を後悔しなさいと(笑)。

「素直」に生きていくことが大事

素直に「ありがとう」「ごめんなさい」が言えるようになって、いろんな人たちとめぐり会えるようになった。

対話する?

考えてみると、感謝を口に出すようになってから、素直に「ありがとう」とか「ごめんなさい」が言えるようになってから、今まで会ったことのないような人たちとめぐり会えるようになった気がしますね。

そのきっかけは父が倒れた時、入院している病院へタクシーで一時間くらいかかったんですね。僕は都内に居て父は千葉でしたから。その時、たぶん一生のうちの7割分くらいの「ごめんなさい」をその時ずっと言っていましたね、タクシーの中で。その言葉しか出てこなかった。病室でも父の友人が集まっているなかで「ごめんなさい」とずっと言っていたと後から聞きました。何に対するごめんなさいなのか分からないのですが。

それまでは、悪いなと思うことがあっても「ごめんなさい」と素直に言えない人生だったんだと思うんですよ。それが、本心からその時に言えた。悪いなと思った時に素直に言えるかどうかで人って変わってくるんだなと分かった。素直に口から出すことは大事だな、素直に生きていくことが大事なんだなとその時に感じたんですね。

「夢」を運ぶ

その人たちの笑顔を想像すれば、自分たちが何のために仕事をしているかが分かる

対話する?

僕らの仕事は「車を運ぶ」ということですが、その車を待っている、その車に乗るお客様がどんな思いで待っているかをイメージしようとドライバーさんたちによく言っています。例えばワンボックスを買った方は、家族でドライブに行こうとか海へ行こうとか、きっと色々なことを考えていると思うんですね。

もし自分が車を買ったらどんな思いで納車を待っているかとスタッフには言います。直接その人たちの笑顔を見る機会はないですが、その人たちの笑顔を想像すれば、きっと自分たちが何のために仕事をしているかが分かるんじゃないかと。そのワクワクして待っている顔を想像すれば、自分たちはどういう気持ちで仕事をすればいいかという答えが出るんじゃないかと言っています。

直接のお客様ではないかもしれない、面と向かってお会いすることはまずありませんから。でもその人たちが笑顔になるために、僕たちは車を運ぶんだと。名刺にも書いていますが「夢を運ぶ」というのは、車を購入された方たちの「夢」です。その夢を達成してもらうために僕らはその車を運んでいる、そういったことを常々ドライバーさんたちには伝えるようにしていますね。

こういう話をすると首をかしげるスタッフもまだまだいますよ。実は分かってはいるんだけれど、「頑張りましょう」と表現するのが下手な人も多いのかなと思う。直接、僕に「その通りですね」と言うのは照れやプライドがあるのかもしれない。でも実際お客様からの評価は上がっているので、伝わっているのだと思っています。

「仕事」が厳しいなんて感じない

「できないという言葉を使うのはやめよう」が、僕らの合言葉。

対話する?

仕事が厳しいなとは最近、感じないのです(笑)。

僕のパワーになっているのは、震災後、荷物や船を運んだりさせてもらっているのですが、あれだけのことが起こったにもかかわらず、現地の人たちは元気になるスピードが速かったんですね。現実は現実だと。どうあがいても現実は変わらないのだから、復興のために少しでも前を向いて笑顔でいこうとみなさんおっしゃっていて。あの状況に比べたら、僕たちはまだまだ恵まれているなと思ったんですね。とてもいい経験をさせてもらいましたし、あの人たちと接点を持てたことで今起きているようなことは厳しい内に入らないと思えるんですね。

冗談でよくみんなと言いますけれど、死ぬこと以外はかすり傷だ、どんな状況だって命さえあれば大丈夫だと。色々な問題は仕事上起きますけれどね、事故が起きたりとか。起きちゃったものは変わらないので、それをプラスにもっていかないと。どういうふうに次のチャンスに繋げるか、むしろ成長するチャンスとしか思わないようにしていますね。

限界を決めるのは自分自身だと思うんですね。できないと思ったらできない。常に自分はできるんだと思っていれば可能性はいくらでもあると思う。

僕らの合言葉じゃないですけれど「できないという言葉を使うのはやめよう」と。ただ見えていないだけであって、できることは山ほどあるんですね。できることをやろうと。人間の可能性は無限にあると実感しているので。まだまだできると思ってやっていれば、きっといい結果がついてくるのではないかと思っています。

やっぱり最後は自分だと思うんですよ。誰かが色んなアドバイスやチャンスをくれても、最後にやるかどうかは自分自身なので。そこで自分が限界を決めてしまったらそれ以上前へ進めないと思うんですよね。

スタッフもそうであって欲しいですね。やらされているというよりも、自分は何ができるかを考えられる人になってほしい。それにはリーダーやトップが「できない」とか「厳しい」と言ってはいけないと思いますし、みんなのモチベーションを上げるためにも「できる」「僕らはできるんだ」と常々言っていかないといけないと思います。

関わるすべての人を「幸せ」にする

それが社長の仕事

対話する?

関わるすべての人を幸せにするというのが社長の仕事だと思うんです。

スタッフもお客様も、セイワ輸送という会社に関わった人たちがきちんと夢が叶えられるような、そのお手伝いができるような会社になりたいなと思います。一人一人の夢が叶えられる会社がセイワ輸送、そうなったらいいなと。それを目指しています。

「夢」を叶えるあらたなプロジェクト!

夢を運ぶことが私たちの仕事

対話する?

ある人との出会いから、カンボジアに日本語学校を造ろうという話があった。あの国はこれからきっと強くなっていくはずだと。それで協力しましょうとなったのです。当時は貧困な国にお金だけで協力しているという自己満足の世界でした。

その後、もっと手伝えることが実はあるのではないかと思っていたところに、カンボジアで日本語を学ぶ学生をインターシップで日本に呼びたいので協力してくれないかという話があって。じゃあ協力しましょうと、うちやスタッフの家にホームステイしてもらって3か月間一緒に過ごしたんです。

まず驚いたのが、彼と会った時に「(日本の道路を見て)舗装されているのが信じられない」と言うんです。「このビルの数は何なんですか」と。レインボーブリッジを見た時は「どうやってこの広い川に橋を架けるんですか」と。川だと思ったのでしょう。彼はそう言いながら横で号泣していたんですね。カンボジアをこんな国にしたいと。僕はカンボジアに帰ったら、絶対にカンボジアのために頑張ると。国のために働きたいと言うんですね。

彼が帰った後、僕は彼を訪ねてカンボジアに行ったんです。学校へ行って生徒たちから話を聞いた時、「なんで日本の企業はお金は出すのに、来てはくれないんですか」と言われたんですね。「僕らは何のために日本語を勉強しているんですか」と。「僕らは日本の企業がどんどん入ってきて国を良くしてくれると思っていたから日本語を勉強しているんです」と。「日本の企業が来てくれないのなら日本語を勉強しても仕方ない。英語や中国語を勉強した方がいいんじゃないか」という話を聞いたんですね。

そうか、僕らのやっていたことは、彼らを悩ませていたのかと感じたんですね。それからカンボジアに住む日本人と接点を持つようになった。やはり雇用を生まなければならないと思いました。やれることは何か。僕の場合は運送会社なので、インフラが整えば必ず物流が発生する、そこで彼らを雇用しようというのが今の夢のひとつになったのです。

何気なくお金を出したことが、カンボジアへ行ってようやく繋がったんですね。僕にできることは、彼らが働ける環境を作ることなんだと。最終的には輸送事業をしていきたいなと思っています。来年早々にはまず飲食店を始めて、そのあとにリサイクルショップを出して。引っ越しとかで余ったものをリサイクルして、それを向こうに送って販売していく、そこで雇用を生む。

何故カンボジアかとよく聞かれますが、たまたまカンボジアだった。これも何かの縁だろうな、運命なんだろうなと思うと、ほっておくわけにはいかないですね。

震災後、ある先生に「頼まれたから荷物を運びたいんだ」と相談した時に、やめとけと言われました。世界中でボランティアをしている凄い先生です。「困っている人がいるじゃないですか」と僕が聞いたら「君の場合、見てしまったら絶対に続けざるを得なくなる性格だから。この震災はこの後何十年も続く事業になるから」と。

自分でも「そうだよな、最後までお付き合いしちゃうんだよな」と思いましたが、あの時は物を運ばないと大変なことになっていましたから。あの人たちが一人立ちをしていくまでお手伝いをしていかないと、という意識になりましたし、カンボジアも同じなんですね。

特に震災の時はライフラインが遮断されましたから、僕らの業界でしかできないことがあった。僕らの業界さえもストップしてしまったら、あそこで被災された人たちは生きていけなくなるのではと思ったんですね。

僕らの仕事は、日本経済のインフラとしてやらなければいけない業界なんだと強く感じました。有難い仕事をさせてもらっていると。道もなくてガソリンスタンドも閉まっている、そんな大変な状況下で物を届けた時のあの人たちの顔を見ちゃったら止められないなとなりますよね。

たまたま陸送業というなかで仕事をしていますけれど、物を運ぶということは、何を運ぶ人でも物を受け取った時の人の笑顔が見たいのだと思うんです。それを想像すると自分もワクワクしてくる。よくドライバーさんたちに話すのですが、大切な人に何かプレゼントしようと思う時、受け取った相手の笑顔を想像して物を買っているんじゃないの?と。仕事も一緒で、相手が笑顔になるように物を運ばなければならない。そう考えれば、ひとつひとつの物を大切に運ぶでしょう。物には想いがありますから。だから、想いを運んでいる、夢を運んでいると僕はよく言うんですよね。

「子供たち」に憧れられる職業になろう!

トラックドライバー甲子園に込めた想い

対話する?

「トラックドライバー甲子園」は、ドライバーさんにスポットライトを当てよう、ドライバーさんが誇りを持って働ける業界を作ろう、子供たちが憧れる職業になろうというのがテーマなんです。

これから少子化になっていって、僕らの業種を選ぶ人が少なくなるのではという危機感があります。だからこそ、僕らの業界は日本のためにこんな素晴らしいことをやっている、魅力のある業界なんですよということを僕らが先頭に立って、僕らの会社にいるドライバーさんを輝かせて、学生さんや子どもたち、みなさんにアピールしていきたいんですね。

ドライバーさんに誇りを持って仕事をしてほしいんです。それはきっと交通安全にも繋がるでしょうし、人から見られていると意識すれば優しい運転になるでしょうし、お客様にも満足度の高いサービス業だと分かってもらえると思うんです。そういう業界を作っていきたい。

僕自身がこの業界が大嫌いだったという原点がありますので。何故嫌いだったかと言えば、笑顔がない、挨拶ができない、服装が汚い、運転は荒い…そういう人たちと同じような生活はしない、小さい頃そう思ってしまったのが父との確執に繋がっていたと思う。

これからはそういうことは無くしたいなと思うんです。分かりやすく言えば、僕の子どもが「お父さんの会社って面白いよね、魅力あるよね」と言ってくれるような会社になればいいなと。これは「トラックドライバー甲子園」に賛同してくださっている運送会社の皆さんが同じことを言っていますね。

自分の子どもたちが「お父さんの会社に入りたい」と言ってくれるような業界にならなければ未来はないと。多くの子どもたちが憧れるような運送会社を作っていかないと。そのためにはトップが、リーダーがしっかりとした理念を持って、それをしっかりドライバーさんたちに伝えていくことが繋がっていくのかなと思いますね。

「トラックドライバー甲子園」の第1回は2013年11月の予定です。今、メンバー集めや会場決めとかを詰めているところです。新しい未来の幕開けになるようにやっていきたいなと思います。

5年や10年ではすぐに変わらないとは思いますが、もっともっと先を見て50年先100年後…。今のままでは素晴らしい業界だと言われない気がするんです。自分が結果を見られなくても僕は別に構わない。これから続いていくことで、志に賛同してくれる若い人たちが徐々に作り上げていって、未来に「輸送業界って最高だよね」となっていればいいなという感じなんです。徐々に成果や結果は出てくるとは思いますが、僕が見たいのはそこではない。思いを引き継いでいってくれる人が育つのを僕は見たい。

今の若い人たちはいいものをたくさん持っているので、彼らの魂やハートにバッと火を付けたいなと、そういう存在になりたいなといつも思いますよね。それを背中で見せたいですね。正直、なかなか人は口で言ってもわからない、行動を見ていますからね。

可能性を少しでも探して…。可能性は無限にあるということをみんなに見せたい。道はどんどん作っていくから、少しでも興味がある道があったらそっちへ歩いていってもらえればいいなと。人間何でもできるんだよという姿を見せ続けていきたい。きっかけを少し作ってあげて、あとは自分で切り開いていってもらえたらいいなと思います。

何をしたいかよりも、「何のために」という意識が大切

ともに働くスタッフの「人生」に願うこと

対話する?

「諦める」という言葉を無くして欲しい。諦めなければ夢は必ず叶うと僕は信じていますから。なりたい自分を常にイメージして、そこに向かって着実に一歩ずつ進んでいって欲しいと、うちで働いてもらうスタッフにはそれを願います。本当に幸せになって欲しい。

後悔しない人生を歩んでもらえるような環境を僕は作りたい。個々の価値観で幸せを感じて欲しい。願わくは、僕の葬式で「あなたと出会えて人生変わりました」と言われたいですね(笑)。

働く意味って人それぞれだと思いますが、僕は仕事は何をやってもいいと思うんです。業種を選ぶ必要性はさほど感じない。

「何をしたいか」よりも「何のために」という意識が大切だと思うんですよね。何のためにこの仕事をするのかという意識で、仕事を選んで欲しい。

自分のためにというよりも、この仕事を通じて世のため人のために何ができるのだろうと。それは大きくても小さくても構わない。自分のためより人のためと意識する人が増えたら、この世の中はもっと良くなると思うんです。

自分のために頑張るのは限界がある、大切な人のためならもうひと頑張りもふた頑張りもパワーが湧いてくると思うんですね。ですから、人のためにお役に立つには何をしたらいいんだろうと意識しながら働いて欲しいですね。

自分で可能性を決めつけない人で、もし僕と一緒に仕事をしてくれるのなら、その人の可能性を最大限にひき出して、色んなことに挑戦していける環境を与えていきたいと思っています。輸送業に限らず、これからはもっともっと一緒に働いてくれる人の可能性を信じて、色んなことにチャレンジしてもらって、働くことの楽しさを見つけてもらえるような環境作りがしたいなと思います。世界は広いですから。世界を舞台に一緒に動いてくれる人を探しています。

我がままというのではなく、自分の大事にしていることを裏切らずに、信念を持って続けていければ。どんな信念であっても続けている人は魅力的だと思うんですね。そんなふうに生きていきたいですし、一緒に働くみんなにも信念を持って、自分がどうありたいか、ぶれずに生きていって欲しいと思っています。それに対しての手助けはずっとしていきたいと思っています。

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